ドラゴ通貨と石油本位制の狂騒|“信用の貨幣”はなぜ人を動かすのか?【第3回】

はじめに|通貨とは、信用の上に築かれた幻想である
Dr.STONE経済考察シリーズ、いよいよ最終章です。
今回は、物語中盤に登場する龍水による架空通貨「ドラゴ」と、その背後にある「石油本位制」という仕組みに注目します。
前2回では、
を紹介してきましたが、今回のテーマはもっとダイレクトに現代の貨幣制度と通貨の本質に迫る内容です。
通貨とは、そもそも“なにか”と交換できるもの
貨幣の歴史を紐解くと、かつては貝殻や塩、金など「実物価値」を持つものが通貨として流通していました。
その中でも特に有名なのが、「金本位制」です。
【解説】金本位制とは?
金本位制とは、「通貨の発行量が、その国の金の保有量に裏付けられている制度」です。
簡単にいえば:
1ドル=0.048gの金に交換できます
という“約束”をもとに、国民は安心してドル札を使うことができたのです。
金本位制の特徴は:
- 通貨の発行が金の量に制限されるため、インフレに強い
- 通貨の信用が“実物資産”に支えられている
- 逆に、金が足りなくなると経済成長が止まる
この仕組みは20世紀前半まで多くの国で採用されていましたが、
戦争や経済危機をきっかけに、ほとんどの国が金との兌換を停止し、信用通貨制度へと移行しました。
龍水のドラゴ=“石油本位制”のミニチュアモデル
Dr.STONEに登場する「ドラゴ通貨」は、この金本位制に極めてよく似た構造を持っています。
- 発行者は龍水(通貨政策を握る)
- 価値の裏付けは“石油”という超希少資源
- レートは「100ドラゴ=石油1ml」という明確な設定
このように、ドラゴは単なる紙切れではなく、未来に採掘されるはずの石油と結びついた“期待の通貨”として設計されました。
ドラゴに価値が生まれた理由=“交換の約束”があるから
龍水がドラゴを印刷しただけでは、ただの紙です。
ところが、「この紙を持っていれば石油と交換できる」という前提が加わった瞬間――
- 人々はドラゴを価値あるものとして受け取るようになり
- 労働の対価にドラゴを要求するようになり
- 通貨を持つことが“選択肢の拡大”だと認識し始めます
この構造は、まさに現代の不換紙幣(法定通貨)とまったく同じです。
今、私たちが使っている1万円札も、それ自体に価値はありません。
でも「どこでも使える」「誰かが受け取ってくれる」という共通の信頼と合意(法的裏付け)があるからこそ、価値を持つのです。

信用創造=“未来への信頼”が貨幣を動かす
さらに注目すべきは、人々がドラゴに“未来の価値”を重ねて動き出したことです。
作中でゲンが言います:
「油田が見つからなければ、ドラゴはただの紙切れになる」
この発言は、信用に揺さぶりをかけた“投機的煽動”でしたが、
結果的にそれが市場に次のような反応を生みます:
- ドラゴを大量に持っていた陽たちは、不安を感じる
- その価値を守るために「油田を見つけよう」と協力する
- 気球作りなど、労働や技術協力が活発化する
つまり、人々は「通貨の信用を守るために行動する」=“信用が労働を生む”という構造に巻き込まれていくのです。
これは現実の金融政策でもよくある構図
実はこの流れ、現代でもそっくりそのまま起きています。
- 中央銀行が「金利を据え置く」と発言 → 株価上昇
- 「景気悪化懸念」→ 投資家が安全資産に逃避
- 政府が通貨安を防ぐために為替介入 → 円買いが進む
いずれも、“発言”や“未来の期待”によって市場の行動が誘導されるという仕組みです。
ゲンの発言も、ある意味では“期待と恐怖を利用したマネー政策”だったと言えるでしょう。
浪費と管理なき通貨の危うさ
ここまで、ドラゴ通貨が「信用によって生まれ」「期待によって人を動かす」という点を見てきました。
しかし――
通貨は便利なだけに、使い方を誤れば信用は一瞬で崩壊します。
- 龍水が自らの通貨を乱用し始めた理由とは?
- インフレや管理不能状態を引き起こす要因とは?
- 信用を支える“最後の砦”とは何か?
ここからは、通貨を持つ者が自らを滅ぼす構造と、通貨の管理とは何かについて、より深く考察していきます。
信用通貨は、“扱い方”を誤れば崩壊する
ここまでは、龍水が発行した架空通貨「ドラゴ」がどのようにして信用を獲得し、
その期待によって人々が動き出した様子を読み解きました。
- ドラゴ=石油という“裏付け”のある通貨
- ゲンの投機的発言による心理操作
- 信用が人を動かし、経済が回り始める構造
しかし、信用というものは便利であると同時に、とても壊れやすいものでもあります。
ここからは、通貨が持つ“危うさ”と“人間の欲望”の関係を見ていきましょう。
龍水が陥った「通貨発行者の誘惑」
龍水は「ドラゴを発行する側」でありながら、自らもその通貨を使って市場で消費を始めます。
- 高級衣服や装飾品を大量購入(ファッション爆買い)
- 新世界で人類初の飛行者の権利を、金に糸目を付けず購入
- その代価は、彼自身が発行したドラゴ通貨
つまり、通貨の供給者でありながら、最大の消費者にもなってしまったのです。
これは現代でいえば、中央銀行が国の紙幣を刷って自分のために使うようなもの。
通貨の価値を維持する立場にある者がその信頼を揺るがす行為をすると、市場は不安になります。

ただし、ドラゴの信用は崩壊していない
ここで重要なのは、作中でドラゴの信用そのものは崩れていないという点です。
- 龍水が通貨を使っても、それを受け取る人がいる限り価値は維持される
- 通貨の流通量は増えたが、石油採掘という裏付けも進んでいる
- むしろ、人々はドラゴを通じて“油田の発見”に協力するモチベーションを得た
つまり、通貨の価値とは「管理」ではなく「信頼と合意」で維持されるものだとわかります。
ゲンが吹聴した「油田が見つからなければ紙くずになる」という言葉も、
通貨の価値を脅かすものではなく、信頼を動力に変えるエンジンとして機能していたのです。
通貨とは“労働のインセンティブ装置”
陽たちが“油田を見つけるため”に動き出したのは、「ドラゴの価値を守りたい」という思いからでした。
- 油田が発見されれば、自分が持つドラゴは確実に価値を持つ
- 今ここで労働すれば、将来報われる可能性がある
この構造は、現代の経済における「株式報酬」「暗号通貨」「ポイント制度」にも共通しています。
いまの努力が、未来のリターンにつながる
これこそが、通貨が本来持っている「人を動かす力=インセンティブ」です。
通貨の価値を保つ3つの条件
ここまでを整理すると、通貨が価値を保つためには、次の3つの条件が必要だとわかります。
① 希少性
誰でも無限に作れるなら、通貨の価値は下がる。
龍水が勝手に刷りすぎればインフレの引き金になります。
② 裏付け(資源や実力)
石油、金、国家の信用など、交換可能な現実資産があること。
③ 合意と信頼
みんなが「この通貨は価値がある」と信じること。
これは最も不安定で、同時に最も強力な要素です。
ドラゴは、この3つすべてを一時的に満たしていたからこそ、
「実際に存在しない石油」を担保にしても経済が動いたのです。
龍水の通貨政策は失敗だったのか?
ドラゴ通貨の運用には、以下のような“矛盾”がありました。
- 発行者が通貨を使いすぎる → 信用毀損の危険
- 貨幣経済により、協力関係が変質するリスク
- 通貨があれば協力し、なければ動かない…という“目的と手段の逆転”
しかし、現実的にはこの仕組みが気球作成や油田探索といった“生産的な活動”を加速させる結果にもつながったことを考えると、
ドラゴ経済は“歪んではいたが、機能していた”
というのが正確な評価かもしれません。
おわりに|通貨とは、人間の「期待」の塊である
Dr.STONEにおけるドラゴ通貨の物語は、私たちにこう問いかけます。
- あなたがいま使っているお金に、価値はあるのか?
- なぜみんなが“信じているから”だけで、流通しているのか?
- その信頼が崩れたとき、何が残るのか?
通貨は幻想です。
けれど、みんなが信じれば現実になる。
だからこそ、その管理とバランスには“人間の理性”が問われるのです。
シリーズ3部作を振り返って
- ゼロから始まる信用経済(第1回)
→ 信用は、労働と協力から始まる“通貨以前の経済” - 科学と人材は複利の極致(第2回)
→ 科学と人の育成が、自走型の経済エンジンを作る - ドラゴ通貨と石油本位制の狂騒(第3回)
→ 通貨は信用の上に生まれ、欲望によって試される
あなたが投資や資産形成を考えるとき、Dr.STONEが描いたこの3つの視点――
「信用」「複利」「通貨の本質」が、きっと道しるべになるはずです。
本シリーズをお読みいただき、ありがとうございました!