ゼロから始める信用経済|Dr.STONEに学ぶ“お金のない世界の経済”【第1回】

はじめに|文明ゼロの世界に“経済”は存在するのか?
「お金がない世界では、人はどうやって協力し、働き、豊かになっていくのか?」
この問いに対する見事な答えが、フィクション作品『Dr.STONE』には描かれています。
科学を軸にゼロから文明を再建していく本作には、“通貨のない状態”で人々が物を作り、交換し、信用を積み上げていく様子が精緻に描かれており、これはまさに「信用経済の起源」のシミュレーションと言えるでしょう。
本シリーズ記事では、全3回にわたって『Dr.STONE』の世界を題材に、経済や投資につながる深いテーマを読み解いていきます。
- 第1回:ゼロから始める信用経済
お金がない世界で、価値と信用はどう生まれるのか? - 第2回:科学技術は複利の極致
千空の科学復興から学ぶ、長期投資と“複利”の力 - 第3回:ドラゴ通貨と石油本位制の狂騒
架空通貨“ドラゴ”が作ったインフレ・バブル・自己崩壊の教訓
初回となる今回は、経済の原点ともいえる「信用とは何か」「通貨がなくても経済は回るのか?」をテーマに、Dr.STONE序盤の石神村フェーズを切り口に解説します。
「お金がない」から始まる、原始的経済活動
物語序盤、主人公・千空たちが目覚めるのは、すべての文明が石化によって崩壊した世界。
そこには通貨も、国も、会社も、税金もありません。
それでも、人は協力し、火を起こし、狩りをし、住居を作り、科学を再建していく。
ここにあるのは、まさに「価値の交換」と「信用の構築」――通貨以前の経済活動の原型です。
注目すべきは、千空が「対価としての労働」ではなく「知識や技術という無形資産」で信頼を得ていく構図です。
科学という“価値の源泉”を差し出すことで、周囲の人々から協力を引き出していきます。

信用=見えない“資産”として積み上がる
このフェーズでの経済は、いわば「信用本位制」。
- 千空は労働や技術を通じて「信用残高」を積み上げる
- 周囲の仲間は、その信用に対して“リターン(協力)”を提供する
- これはまさに、現代の企業が「信頼」や「ブランド」で株主や顧客から評価を得る構造と酷似しています
通貨という“目に見える資産”が存在しない世界であっても、人々の間には目に見えない信用のネットワークが構築されていく。これは、通貨も市場もない最初期にこそ現れる「最も根源的な経済活動」なのです。
その象徴的な例が、電球の明かりを目の当たりにしたゲンが、将来の科学復興や念願の“コーラ”という信用を対価に協力を申し出たシーンです。
「現時点では何も受け取っていない」状態でありながら、“未来に対する信頼”を条件に労働を提供するこの構図は、まさに信用経済の本質を表しています。

物々交換経済の限界と、分業のはじまり
物語が進むにつれ、千空たちは科学を使って「分業」を実現していきます。
- クロムは鉱石を集める
- カセキは機械を作る
- スイカは探索を担う
- ゲンは交渉と心理戦を担う
この職能分化によって、“生産性”が劇的に向上します。
そしてこの段階で、経済活動は物々交換の限界を迎えます。
- 1本の槍と、1枚の鉄板と、1日分の木炭は等価なのか?
- 誰の労働がどれだけの価値を生むのか?
- 交換比率はどう決まるのか?
こうした課題が噴出し、自然と「価値の単位」や「基準」のような発想が生まれてきます。
通貨の発生寸前――経済が通貨を必要とし始める“臨界点”がここです。
科学=最初の“信用通貨”だった?
『Dr.STONE』において、「価値の源泉」は明確に“科学”です。
火薬、硫酸、ガラス、抗生物質……それらは当初の世界において“他に代替が効かないモノ”=最も希少性が高く、信頼される価値のあるものでした。
つまり、千空の科学は、事実上“通貨の役割”を果たしていたとも言えます。
- 科学を持つ者に協力が集まる
- 科学によって食料や安全が得られる
- 科学の成果は、再配分される(薬、工具、衣服など)
この流れは、現代における「信用創造」と極めて似た構造をしています。
信用経済は「交換」から「期待」へと進化する
経済の初期段階では、「目の前の労働と交換」=価値の交換です。
しかし文明が進むにつれて、信用は「未来への期待」へと姿を変えます。
- 千空の科学に「今はまだ使えない技術」でも、人々は投資的に協力する
- ゲンの心理戦や情報操作も、「今すぐの成果」ではなく「集団の長期安定」につながる
これは現代における株式投資と同じです。人は、未来に価値が生まれると信じたとき、今のリソースを差し出すのです。
その象徴的な場面が、司が「千空の科学」という“未来の価値”を信用して停戦に応じたシーンです。
このとき千空が差し出せるのは、わずかな復活液と“科学の力によって妹・未来を救う”という約束だけ。司にとっては、それが「今すぐ目に見える利益」ではなく、「未来に期待できるリターン」だったのです。
司はこう問います。
「その与太話を、信じるに値する根拠は?」
そして千空は静かに、こう返します。
「俺の言葉だけだ。科学に嘘はつかねえ。それで足りねぇか?」
司が黙って目を閉じるこのシーンは、“無担保の未来価値”に対して信頼という投資を行った瞬間です。
それはまさに、企業が利益を生む前に株主が資金を投じる「投資」と構造的に同じ。
この一連のやりとりには、信用・未来価値・リターンへの期待という投資の本質が凝縮されています。

おわりに|Dr.STONEは“お金の起源”の教科書だった
私私たちは日々、給与・預金・株・通貨といった「お金のある社会」で生きています。
しかし、そのもっとも原始的な形――「お金がない世界で、人がどう動くか」を描いたのが『Dr.STONE』です。
- 信用とは何か?
- 価値とはどこから生まれるのか?
- お金がなくても、経済は始まるのか?
この問いに対して、本作は1つの明確な答えを提示してくれています。
そしてそれは、私たちが投資や資産形成を考えるときにも、決して無関係ではありません。
次回予告|科学は“最強の長期投資”だった
次回【第2回】では、千空たちが科学技術を一つひとつ積み上げていく過程を「複利成長」の観点から読み解きます。
- なぜ“科学の種まき”は、やがて圧倒的な差となるのか?
- 火薬・鉄・電気・通信……千空たちの開発は“レバレッジ型の資本形成”そのもの?
- 実は現代の長期投資と、驚くほど共通しているポイントとは?
「科学は複利の極致である」
その意味を、次回じっくり考えていきましょう。